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胎響を聞く

 

4月に妊娠が分かってから早いもので、来週からは臨月。

幸い悪阻も重くなかったし、目立った不調もない。

ここ数年感じていた、妊娠・出産に適した時期と体調である予感は当たっているっぽい。

 

妊娠て面白いな。

無自覚に胎内で人をこしらえて、日々育っていく。

自分の臓器の中で、自分以外のものを擁しているなんて

子宮はなんて寛大なんだ。

 

ホルモンバランスが安定して、

麻酔成分が分泌されているせいか

感情の浮き沈みはなく、不安や悲しみに苛まれることもなくなった。

足先はいつもポカポカしているし肌の調子も良い。

こんなに満たされていられることが逆に不安かもしれない…。

 

 

 

今は呑気に妊娠という現象を楽しんでるけど、

産後のことは何一つ現実的に考えられていない。

twitterで子育てアカウントを見たり

ベビー用品や入院の準備をしていても、

なんとなく他人事だ。

 

そんな時に山崎ナオコーラ著『母ではなくて、親になる』を読んで、

「ああ、これくらい低めの温度感で子育てにのぞんでもいいんだな。」と楽になった。

Benesse界隈のハイテンション雑誌を読むと、

途端に気疲れしてしまうような人にはオススメの一冊。

 

核家族化によって、親(とりわけ母親)は

集団で子育てをする機会を失ってしまい、

何に頼ってよいか分からない状況が漠然とした子育てへの不安の原因だと思う。

「わたし、産みたい!展」で出会った櫨畑 敦子さんは、

長屋でシェアハウスをしながら子育てをしたいと計画する妊婦だった。

”家族のかたち”はともかく

子育て世代が孤立しがちな現代においては、とても合理的な試みだと思った。

なぜなら、私がシェアハウスを経験して思ったのは

そのセーフティネットとしての機能の大きさだから。

大学生活を送る上でさえ同居人のありがたさが身に沁みたのだから

子育てともなれば、複数の生活リズムで生きる人が並行している家というのは心強いと思う。

(もちろん、他人と同居するにはありがたみだけでなく

煩わしさも許容する必要はあるから、子育てともなればそれもハンパないと思う。)

 

↑の展示を見て、

結婚や出産・子育ての在り方をあらためて考えたのはもちろんのこと、

・出生前診断

・望まない妊娠・中絶

・不妊治療

・デザイナーズベビー

・産科医療(無痛分娩)

・人工子宮

といった、生命倫理にも関わるトピックに興味が湧いた。

 

私は妊娠前から、自然分娩が可能ならば絶対に助産院での出産を希望していた。

それは、手術や入院をした経験がないから、

病院という場所がものすごく緊張する上に

医師(先生)に主導権を握られるという状況が好ましくないと感じているから。

(どうしても自分が〇〇してもらう立場になってしまう)

あと、妊娠が分かって初めての産科受診で

産科医に「妊娠してますね。で、どうするの?産むの?」って聞かれて、

「おめでとう」と言われないとは聞いていたけど

何故こんなにも高圧的なのか、生命の将来を一手に委ねられているかのような態度に

とても嫌悪感を持った。

とりわけ若年層の望まない妊娠と中絶が増えている社会的背景も理解している。

産科医や病院が少なく、過酷な労働環境もあるだろう。

それらがこの医師にこの台詞を言わせたのなら、

そんな厳しい状況は間違っている上に不自然だと思った。

こりゃ、長くは続かないぞ…という危機感にも似た不安。

 

この感覚は、出生前診断やデザイナーズベビーに対して抵抗があるのと似てると思った。

いつだって、誰だって”新技術”への風当たりは強いものだけど

自分にとっての要不要で考えれば単純だ。

 

私の考えには、未知の人を何があっても受け入れるということが

子育ての大前提としてあるな。

子を授かるというのは、欲しい服を買うのとは違う。

生まれてもいない子供に何かを期待したり、望むように育てようとするのは

根本的にナンセンスだと思っている。

だから、親になることって難しいんだろうと思う。

思い通りに動かしたいというエゴも理解できるから。

(これは、『そして父になる』を観て考えたことだな)

 

生命についての議論はとても繊細で、

「絶対にしたくない」のか「できるならばしたい」のか

理由を含めて考えるのは簡単なことじゃない。

善悪では語れないテーマだな。

ただ、「誰にとっても無理なく続けていける考え方・行為であるかどうか」

というのは一つの軸であると思う。

 

 

 

 

 

10月から産休をいただいたのをきっかけに、

かねてから気になっていた「穂高養生園」で過ごしてきた。

どうやったら自分を大事にできるか考えたり実験したりするのが「養生」だと思ったよ。

何か生んだり始めたりする前に、整理整頓しだすというのも本能かもしれないな。

工夫と滋味に溢れた玄米菜食のごはんには感動したな。

あの食事のためだけにさえ泊まる価値がある。

安曇野の清浄な空気や水も相まって、心身ともにデトックスできた◎

(これを自宅でも続けられたらいいのになぁ…。)

 

美麻珈琲やちひろ美術館、書翰集に松本城の界隈にも遊びに行けたし、

充実の信州旅行だった。

ちひろ美術館は東京にもあるとのことで、

赤子が生まれたら一緒に行きたいミュージアムにノミネートした☆

道の駅で叩き売りされていたリンゴを買ってこれたのも嬉しかったな^^

長野は折にふれて訪れたい場所ですね。

 

▲松本にある「ことの葉」という花屋さんでケイトウを買って帰った。

花屋とは思えないほど広々した店内で、

花器やドライフラワーも充実していて良かったな。

 

呼吸を整えて、ふくよかな心で出産と子育てを迎えられるように

準備していこうと思う。

 

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