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産むこと

 

年が明けて、だいぶ日ものびて

今日なんか風に春の匂いが漂って来た。

 

そのせいか気分も良くて

萌さんにいただいたシュトーレンと

たんぽぽコーヒーを片手におやつなど。

今季は諦めていたシュトーレン、嬉しいな。

 

 

 

 

 

初めて我が子と対面してから早くも1ヶ月半。

体は十分に戻り、授乳にも慣れてきて

やっと人間らしい1日を過ごせるようになった。

1ヶ月までは体のダメージが激しくて

獣に近い状態だったから、精神的にもキツかった…。

 

昔の人は一生に何人も子供を産んだけど、

私はあまりの痛みとダメージに1人でも精一杯だと思った。

でも、これにあぐらをかいてはいけないな。

一般的に言われるように負担は大きいし

休業制度などで社会的にも大切にされることは重要だと思うけど、

反面、実際以上に大きな偉業を成し遂げたような

驕りにも近い感覚を持ってしまったようなバツの悪さがある。

出産や育児に集中できるほど暇ということなんだろうか。

痛みに耐え難いほど、苦痛にさらされる機会が減ったのだろうか。

 

↓この動画は、偶然見つけたけど切り口や内容が秀逸で一気に見てしまった。

映像の中で彼女が言っているけど、

「(出産は)痛いな、と思ったら産まれていた」くらい

大変なことではなかったらしい。

少なくとも、人前ではこのように話す。

 

今はどうだろうか。

強い痛みを伴う出産について、

いかに大変だったか、いかに消耗したか、いかに耐えたか、

武勇伝のように話す産婦も多い気がする。

 

 

 

 

なんだか、生活と出産が切り離されているような感覚がある。

身近に妊婦はいないし、出産は病院で隔離されるものだし

自分との接点やイメージが描けない。

だからこそ、なにか壮大で荘厳なことが実施されているような、遠い感覚。

 

確かに、人生の中ではビッグイベントだし

女性にとってはものすごい経験なのだろうけど、

もっと生活の中にあるものとしてなぞりたいな。

そんなに高いハードルではなくて

みんなお母さんから産まれてきているよ、という身近さ。

 

そのためには、妊産婦を一人にしてはいけないし、

育児もみんなでしたい。

 

 

 

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